2017年1月4日水曜日

【思索】多様ということ



 以下の文章は2004年9月に雑記した自身の過去文の掘り起こしである。
 その時時で憂いの多い自分で、おそらくは世の諸々に思うところあってこのような赤裸々さで書き連ねたのだと思われる。
 「多様性(diversity)」というワードは、もう手垢にまみれてそれ自体には訴求力が失われているようにも思えるのだが、しかしそうではあっても、言葉の核に潜む“本質”を求める自分の内的な思索は無駄ではないと考え、掘り起こしを掲載してみる気になった。
 とりとめなく、特段示唆のある話でもなく、文章としても稚拙かつ不出来なもので恐縮だが、あえて。


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 「多様性」というのがいかに大切か、ということについて考えてみたい。

 多様であるというのは、たとえばいろいろな考えを互いに認め合えるということだ。集団の中で様々な個性を前向きに敬い合えるということだ。価値観の広がりを許さない社会というのはいつの世でも窮屈で息苦しい。

 日本はそういう時代をつい60年前までに経験した。言論統制があり、思想統制があり、また経済も統制された。人々は「愛国」をキーワードにけなげにしかし激しく生きた。国家から与えられた知識以外吸収することができず、国家の意思に反することもできないし、考えたり言うこともできない。人々から完全に多様性が失われた時代。

 現代は言論の自由が一応は認められ、人々は自由に物事を考えたり発言したりできる(という建前になっている)。自由が認められているのだから、様々な価値観があって然るべきと思うが、どうもそのようではないことを感じている。

 確かに考え方はたくさんある。だが何かの拍子にひとつの流れに押し流される恐れのある、実に危うい多様性だ。これはどうも戦前のありようが何らかの形で現代にまで体質遺伝していると考えざるを得ないが、そのことは本題と外れるのでここでは触れない。

 世間一般で標準的とされる子どもたちがいう。何かの拍子に「人を殺したくなる」と。社会の法律や秩序というものさえなければいくらでも気に入らない人を殺せるのに、と。

 うそぶいて言っているのではない。組織や集団、あるいはもっと小さなグループなどの一元的価値観に抑圧されているために出てくる言葉なのである。大人であってもそれはあるだろう。

 人々は多様であることを恐れている。周囲と違うことを言えばつまはじきにされないか、あるいは非難されないか、と。だから屈折してでも周りに合わせようとする。周囲が自分の考えと違っていても、トラブルを避けようとして腹の中に意見を飲み込む。

 そうやって耐えながら日常をすごしているだけに、ちょっとでもそこからはみ出したことを言ったりやったりする人間がいるとここぞとばかりにそれを攻撃する。そういう社会に順応することが「うまく生きること」と誤解している。だんだんそれが無意識的になってきて、人々の考え方にかげりが見えてきている社会。そういう社会で一番傷つき苦しんでいるのは子どもたちだろう。

 現代の表層的多様性は組織ごとのまとまりでのみ存立しているものだと思う。どうも個人の考え方の自由はずいぶんと抑圧されている雰囲気がある。においといってもいい。学校でも職場でも地域コミュニティでも。

 大切なのは個人の考えの多様性だ。いろんな個性があることを互いに認め合えるようになることだ。私はこういう考えを持っているが、君はそんなことを考えているのか。なるほどなぁ。そういう自由さ。開放された風通しのいい自由さ。大切なのはこれだと思う。

 過去日本人は、江戸時代を経た明治の中期まではその多様性とともにあった。
 江戸期は地方色豊かな時代であった。様々な価値観が林立した社会だった。独立したそれぞれの地域が多様な文化を生み出し、それぞれのコミュニティーを彩り鮮やかなものにしていた時代。この二百数十年の江戸期を踏まえて明治維新を迎え、近代の扉を開く。

 近代は複雑で、ここでは語りつくせない面があるが、とにかくもあるときから歯車が狂い、その狂いが今の社会にまで大きく影響している。
 そのことに無頓着のまま、この現代の閉塞した社会は危なげに成立している。
 様々な価値観をもっともっと寛容に認める社会にならなければ、本当に日本は、日本人は、どうにかなってしまうという危惧を抱かざるをえないのである。

2004年09月19日

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